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城内の他の庭同様に広く明るいのだが、老松が賑々しく枝を張っている以外に、特に目を向ける所がないというくらい殺風景なのである。
さすがに庭師の手が入っているので見目は典麗であるが、花は一つも咲いていなかった。
室内があまりにも豪華であった為、姫には余計に庭が蕭然として見えた。
『 これはどうやら、大掛かりな手直しが必要のようじゃな 』
濃姫は肩から力を抜くような、ふーっと大きな溜息を漏らすと、何かを決めたように侍女たちの方へ振り返った。
「皆々控えよ、見物はそれまでじゃ」瘦面美容院
凛とした主人の声に、侍女たちは素早くその場に膝を折り、双の手をつかえた。
「三保野。下女たちに命じて、急ぎ納戸からあるだけの桐箱を持って来させよ。無ければ長持ちでも構わぬ」
「左様な物を何に使うのでございます?」
「この部屋の御道具類、一部を残して後は全て納戸に片付ける」
「は!?」
「お菜津。先ほど奥を見て回った時に、西の御小座敷に縫箔の几帳があったであろう? あれをここの几帳と取り替えよ」
「……は、はい」
「それからその方たちは、そこの屏風を─」
「姫様!暫し…暫しお待ち下さいませ!」
慌てて三保野は、姫の前に掌を突き出した。
「恐れ多くも殿が御自ら整えて下されたお部屋を、それもこのように高価な調度品の数々を納戸へ片付けてしまうなど、いくらなんでも無礼が過ぎるのではありませぬか !?」
三保野の言葉に、他の侍女たちも同感そうに頷く。
「無論 殿のお心遣いは嬉しいと思うておる。きっと私を喜ばせようと思うて、かようにきらびやかな品々ばかりを揃えて下されたのであろう」
「仰る通りにございます。ですから──」
「なれど、このような豪奢な御道具はここには不用です。古より武家の奥向きは質素堅実である事を旨として参った。
私は清洲城主の正室として、更にも増して下々の模範とならねばならぬ身じゃ。その私が率先して華美贅沢に耽る訳には参らぬ」
「それはご立派なお心掛けにございます」
三保野はひとまず慇懃に一礼したが
「されど勝手に模様替えなど致しては、確実に殿の機嫌を損ねまする。そうなればまた夫婦喧嘩の種に…」
懸念の色を露にする三保野を一瞥して、濃姫はふふっと笑った。
「案ずるな、そこは妻の裁量で何とか致しまする」
「何とか…!?」
三保野の軽く突くような視線を、濃姫は事もなげにはね除けると
「さ、早々に取りかかってたもれ。ここは那古屋の城と違うて広い故、納戸への行き来だけで時を費やすであろう」
全て手際よく、早急に行うよう侍女たちに申し付けた。
彼女らは「はは!」と声を揃えて低頭すると、まるで巣の中を行き交う働き蟻のように、御座所内を忙しなく動き回った。
高価で豪奢な品々が次から次へと桐箱に納められ、几帳、屏風などが別室、または納戸へと慌ただしく運ばれてゆく。
三保野は目の前を通り過ぎてゆく品々に
「あ…」「何という…」「それまで…」
と、軽く手を伸ばしながら、名残惜しそうに呟くのだった。
信長が奥御殿の姫のもとを訪れたのは、それから一時ほど後のこと。
居間の左右に広がる隣室はまだ模様替えの最中であったが
暫しの間の後、信長は重々しい溜め息を漏らすと
「とにかく頼んだぞ──」
一言そう言い残し、早々とその場から去って行った。
何かしらの反論があると思っていただけに、この思いがけぬ反応には濃姫も驚かされていた。
道三との会見の折には冗談を言う程の余裕があったというのに…。
やはり戦に、それも相手方が長年の宿敵ともなると、男はこうも火の着き方が違ってくるものなのかと、
濃姫は未知の部分に触れたような心境で、徐々に遠退いてゆく夫の足音に黙って耳を傾けていた。
それから程なく、美濃の道三の元へ織田家からの使者が遣わされ、城番の軍勢を一隊派遣してほしいとの依頼が為された。
これを受けた道三は、目尻に深い笑い皺を寄せて
「我が美濃軍に己の城を預けようとは、婿殿め、この上ない信頼の証を見せおって──。これを断っては蝮の道三の名折れじゃ」
と、信長の心配など杞憂の極みとばかりに、この依頼をあっさり快諾したのである。
さっそく斎藤家の家臣・安藤盛就(あんどうもりなり)を大将に、兵を千人ばかり付けた、那古屋城の留守居部隊を形成させた。
これに田宮、甲山、安斎、熊沢、物取新五なる五人の家臣を加え
「こちらも力を貸すからには戦の終始を知る義務がある。よいか、見聞きした情報は、毎日欠かさず儂に報告致すのだ」
と道三は厳しく申し付けて、その同月の十八日に兵を尾張へと派遣した。
そして二十日。
盛就率いる美濃の軍勢が尾張に到着し、那古野城から程近い、志賀、田幡の二郷に布陣した。
これを知ると、信長は直ちに盛就の元へ出向き
「よう参って下された。これで心置きなく今川勢と戦えるというもの。──ほんに感謝致す」
慇懃に礼を述べ、その労をねぎらった。
「礼などとんでもございませぬ。信長殿が安んじて戦に挑(のぞ)めるよう、しっかりと留守居の役目を果たして参るようにと、美濃の殿からも重々申しつかっております故」
「そうであるか、あの親父殿がのう」
「…して、肝心のご出陣はいつを予定なされておられるのです?」
盛就が率直に伺うと
「明日にも出陣致すつもりじゃ。そちら様の到着を待っていた分の時間を、少しでも早よう取り戻したいからのう」
信長は、真剣さの中にも やや焦りが見え隠れする面持ちで答えた。
「承知つかまつった。ではこちらも明日より、万全を期して貴殿の御居城をお守り致しましょうぞ」
「よろしゅうお頼み申す」
しかし、その日の夕刻。
出陣前の最終打合せを兼ねた軍議の席で、居並ぶ重臣たちの最前に控えていた筆頭家老・林秀貞が
「──此度の戦、我らは出陣など致しませぬぞ」
突として出兵を拒んだのである。
「佐渡よ。今、我らと申したな。我らとは誰ぞ?」
他の重臣たちが困惑の声を上げる中、信長は動じることなく秀貞に伺った。
「無論、某と弟の通具にございます」
「美作守か…」
信長の冷やかな眼差しが、強張った表情で身構える通具の横顔に注がれた。
まさか初対面の相手にそう言われるとは思わなかった。三津は顔を真っ赤にして,入江達は声を上げて笑った。
「あっ!あっ!ごめんなさい!高杉様に伺ってたものでっ!」
おうのはごめんなさいごめんなさいとペコペコ頭を下げた。
「いえ……聞いてはるなら話は早いです……。木戸の妻の松子です……。
みんなは結婚前の名の三津で呼んでくれはるからおうのさんも好きな方で呼んでください……。」
「では三津さんで。高杉様もいつもそう言ってるので。」
おうのも顔を真っ赤にして視線を彷徨わせながらそう言った。
「それよりおうのさん一人でどしたん?晋作は?」 瘦面美容院
入江に聞かれてハッとしたおうのは高杉の着替えを取りに来たと言った。
「しばらくうちに住むからと。」
「えらい急やな。それに何で自分で取りに来ん。」
山縣が不満げに言うと,おうのは困り顔で今は家でゆっくりしてもらってるからと言った。
「良ければ荷造り手伝いますよ?」
三津が申し出るとおうのは困り顔のままお願いしますと微笑んだ。
「三津が手伝うなら私も手伝う〜。」
入江はさっさとやってしまおうと先導して高杉の部屋へ行った。
「お手を煩わせてすみません……。」
申し訳なさそうに荷造りをするおうのはちらちらと三津を見ては目を伏せる。
「あの……何か気になる事でもありますか?」
その視線が気になり過ぎて三津は単刀直入に聞いてみた。するとおうのは手を止めて真っ直ぐ三津と向き合った。
「あの……どうすれば入江様と木戸様とそんな円満な関係を築けるのでしょうか。」
まさかの質問に入江と三津は顔を見合わせた。
「晋作からどういう風に聞いちょるか分からんけど,そんな円満って程でもないですよ?私と木戸さんのせいで三津は苦労しちょる。
今の形があるのは三津の気遣いがあってこそ。」
「気遣い……。妾の分際でおこがましいのは承知の上なのですが私は高杉様の奥様と良好な関係を築きたくて……。」
「それは……。」
きっと雅は願い下げだろうなと二人は同じ事を考えた。でもおうのが真剣に悩んでるようだから三津はまた世話焼き癖が出てしまった。
「何でそう思うんですか?」
「一度雅様と鉢合わせた事がありまして……当然ながら敵視されました……。でも私は奪い取って本妻の座につきたいなど思ってません。
高杉様を好きな者同士,仲良くなりたいなと……。好きな部分を語り合ったりしたいのですが……やっぱりこの考えはおかしいですよね……。」
おうのは,ごめんなさい忘れて下さいと呟いた。それに反応したのは入江だった。
「あー分かる。私も三津の好きな所は存分に共有したい。まぁ嫉妬心もありますけど,自分の好きな人を自慢したいと言うか,魅力を分かっちょる人と語りたいと言うか。」
「私もです!良かった!理解者がいらっしゃった!」
さっきの暗い表情とは打って変わっておうのは目を輝かせて入江と向かい合った。
『変なとこで意気投合してる……。いや変でもないか……。』
関係的に見れば入江とおうのは同じ立ち位置にあるから不思議ではないのかもしれない。
「私は……夫を余所に取られる立場も自分が余所に好きな人を作る立場も経験して,今は高杉さんと同じ立ち位置にいるので言える事は何も……。」
同じ女だがおうのとは立場が違いすぎる。今度は三津が表情を暗くしたから,入江は頭を撫でて慰めた。
「三津,そんな思いつめた顔せんで?
おうのさん,そっちとうちの違いは私と木戸さんが三津のすぐ側にいるから平等に時間が取れる事,三津が私達に平等に配慮してくれる事。
木戸さんが寛大に私の存在を許してくれるのは三津が木戸さんへの心遣いを忘れんから。
やけぇこうなるには晋作の協力が不可欠なんよ。」
おうのは入江の言葉を真剣に聞いていた。素直に助言を聞く耳を持ってると判断して入江も話を続けた。
二人でご飯を作って二人で食べる。たったそれだけの事が嬉しいと文はにっこり笑った。
「こう言うのもなんやけど三津さんがこっちを選んでくれて良かったと思う。入江さんはしばらく寂しいやろうけど。」
「九一さん会いに来るし文も書くって言ってくれました。」
「あの男が文書くって?はぁー人間変わるもんやねぇ。」 瘦面美容院
入江なら信用しても大丈夫だろうから楽しみに待っときと笑った。
「落ち着く頃に来るって言ってはったから年内に来はるかどうかですかね。」
早いもので暦は神無月。あと二月も過ぎれば年が明ける。
「心配せんでも待てんくてすぐ来るわ。」
文はからから笑った。自分より昔から入江を知ってるからきっとそうなんだろうなと三津も笑った。
「入江さんは旦那さん候補になった?」
「まだ何とも……。寂しさとかあの人を忘れたいからって気持ちに流されて選ぶのは違うと思うから。」
「真面目やねぇ……。でも入江さんの気持ちに真剣に向き合っとるって事よね。」
これだけ互いを思いやれていて何で恋に発展しないのか文は不思議で仕方ないが,その原因が桂にあったとしたら今回はひょっとしたらひょっとするかもしれない。
『あとは三津さんが上手く木戸様を吹っ切れるかどうかやな。』
『三津は……萩に向かったんだろうか……。』
桂は阿弥陀寺の縁側に腰を掛けて三津の残した簪を手にぼーっと夜空に浮かぶ月を眺めた。
「静かに忍び込むのやめてくれへん?不審者かと思うわ。」
「ちゃんとセツさんに声はかけたよ。」
不機嫌な顔で隣りに腰を掛けた幾松に驚かせたならすまないと謝った。
「それ……お三津ちゃんの?」
「そう……私が初めて彼女に贈った簪だ。出逢ったきっかけの……腕の手当のお礼にと。これを見た時これを挿してる彼女が目に浮かんで思わず買ってしまったんだ。」
つけてる姿は数える程しか拝めてないと自嘲した。
「それだけ大事にしてたモンなんでしょ……。」
「その大事にしてた物を……置いて行った。完全なる決別だ……。」
なのに諦めきれない。駄目な男だろ?そんな奴に構うなと幾松を突き放した。
「ホンマの決別なら木戸はんから貰ったもんは全部置いてったやろ。もし売って暮らしの足しにする為に持ち出しとるんならそれも持ってったはずやで。
でもそれを置いてったのはもしお金に困っても,それだけは売りたくないからちゃう?」
「……三津は私が贈った物を売るような子じゃない。」
君とは違うと言われ幾松は桂の後頭部を叩いて立ち去った。幾松と入れ違いで入江が笑いながら桂の隣りに腰を掛けた。
「今のは幾松さんに失礼ですよ。幾松さんがいつ貴方からの贈り物を売ったんですか。」
喉を鳴らす入江を桂は横目で睨んだ。
「……君は余裕だな。本当は三津の居場所を知ってるんだろう。」
「知りませんよ。三津は私にも黙って出て行ったんですよ?この意味分かります?
傍に居て甘やかすとずっと言ってたのにそうさせてもらえなかった。私の役目は拒絶された。間接的に私は三津に捨てられたそ。
私に泣きついて私のモノになれば良かったのに。それもせんと一人で姿消して……。」
入江は大きな溜息をついて俯いた。間接的に捨てられたと言う台詞は桂にぐさりと突き刺さった。横目で桂の様子を窺いながら入江は嘘を吐き続けた。
「馬で行けるとこまで行ったけど三津の姿はなかった。どこかで道に迷ったんか,攫われたんか嫌な考えばっか出てくるけど,見つけたところで傍で優しくされるのを拒むなら私は三津には近付かれん……。
三津はその簪持って木戸さんが迎えに来るのどこかで待っちょるんやないん?
やけぇ早く問題始末して探し出しちゃり。」
入江は桂の顔も見ずにそれだけ言って背を向けた。
『何で私はこんな事しちょるんかねぇ……。』
今度こそ三津を振り向かせる好機なのにやっぱり二人に最悪の結末は似合わないと思う自分がいる。それは幾松も同じなんだろう。
でもまだ早い。もう少し三津にも冷静になる時間が必要だ。
全力で藩邸に駆け込んで久坂の部屋に一直線。
「久坂さんっ!今すぐ!今すぐ来てください!!」
肩で息をしながら障子を開け放した。
「どうした。」
煩い足音はお前かと少しげんなりした顔を向けたが,伊藤の様子が尋常じゃなくおかしい事に嫌な予感がする。
「三津さんが!凄い熱なんです!!」
只事ではないと思ったがそれを聞いてすぐさま立ち上がった。
「伊藤君どうした。」 瘦面美容院
足音と声を聞きつけた桂が顔を出した。その瞬間伊藤は桂に掴みかかっていた。怒りに満ちた伊藤の顔に桂は目を見開いた。
こんな殺意を剥き出しにして掴みかかられたのは初めてだ。
「俊輔よせ。桂さん,三津さんが高熱出して倒れてるそうですが何故ご存知ない?」
静かに怒る久坂の言葉に耳を疑った。
「三津が……高熱……?すぐにっ……!すぐに戻るっ!」
冷静さを欠いた桂の行く手を伊藤が阻んだ。
「桂さんはこれから鳥取藩との約束がおありでしょう。」
「そんなものっ!」
「そんなもの?
昨夜も長州の為に帰る間も惜しんで遅くまで職務に勤めなさったんでしょ?
今朝も鳥取藩との約束があったから彼女の事など省みずこちらに戻ったのでしょう?
それだけ奔走されてる長州の為の職務をそんなものと仰らずどうぞ全うなさって下さい。
三津さんなら私共で面倒見ますので。」
ここまで伊藤が怒るのも珍しい。久坂は呆気に取られていたが今は急いで三津の容態を確認しなければならない。
「俊輔行くぞ。」
久坂も桂に言いたい事はあったがぐっと飲み込んで先を急いだ。
「桂さん?何事や?」
騒ぎを聞きつけた高杉が桂に駆け寄るがぶっきらぼうに何でもないと言われてしまった。
「んなこたぁ無いやろが。」
高杉はまた仲間外れかよと吐き捨てて,走って久坂達の後を追いかけた。
「どうした俊輔。お前があんな風に桂さんに食ってかかるとは。」
「分かんないんだけどっ!でもこの前桂さんと喧嘩して大泣きしてる三津さん見てから許せないんですよ!桂さんが!」
『なるほどな……。桂さんいよいよ味方は三津さんだけになったな。その三津さんもいつ愛想尽かすか時間の問題か。』
「玄瑞!俊輔!待ってくれ!」
背後から聞こえた高杉の声に二人の足が一旦止まった。
「晋作何しに来た。」
また面倒事起こす気かとうんざりした顔で久坂は歩みを進めた。
「三津さん何かあったんか?」
「高熱出して倒れてた。だから急いでる。」
久坂の代わりに伊藤が答えた。
「俺も行く!俺はお前らみたいにここで会合出たりせんからずっと傍におってやれる!ちゃんと面倒見るけぇ!」
「駄目だと言っても来るんだろ。それに確かに四六時中ついてくれる誰かが必要だ。いいか?大声出して騒ぐなよ。」
それが条件だ,ついて来いと久坂は先を急いだ。「お邪魔しますね!」
三津の寝ている部屋に駆け込むと荒い息で苦痛に顔を歪めた姿が目に飛び込んだ。
「俊輔水汲んできて。晋作はそこに座ってろ。」
久坂の指示に伊藤は井戸へ走り,高杉は小さくおうと答えて布団の傍らに座り込んだ。
「三津さん聞こえますか?久坂です。」
「兄……え……?」
呼吸の合間から言葉が漏れた。答えが返ってきて久坂は少しだけ安堵した。
「熱が高いようですね。」
「あの……小五郎さんが帰って来ないんです……無事ですかね?」
苦しげな表情を浮かべながら口にするのは桂の事。
久坂は拳を握り締めて俯いた。
「今はご自身の体を第一に考えて下さい……。」